きらり⭐︎旅のものがたり

旅情を誘うトラベルミステリー

【踊り子号が着く駅で】第七章

サガミヤの食事はバイキングスタイルだ。文は六時オープンと同時にレストランへ入った。
好きなテーブルを選んでから食事やドリンクを取りに行く。夕食時もアルコールのサービスがあった。

風呂上がりにビールは飲んでいたので、文は一杯目から酎ハイを選んだ。まずはツマミになりそうなものを見繕って自分のテーブルに運ぶ。伊豆というお土地柄から海の幸、山の幸が並んでいる。

七時を回った頃、奥のライブキッチンで握られた寿司を数貫つまむと、文はもう満腹だった。デザートの種類も多かったが、文はみかんのゼリーだけで止めておくことにした。その代わりというわけではないが、最後にオレンジサワーも飲む。

ほろ酔いを醒まそうと、食後は海辺の遊歩道に出てみることにした。一旦部屋に戻り念のため上着を羽織る。外に出てみると、やはり海からの風が少し冷たかった。さざ波の音にしばし耳を傾ける。文は浜には降りず遊歩道を戻った。

「柏木様!」
ロビーに入ったところで、文はフロントの係員に呼び止められた。
「お客様です、あちらでお待ちです」
誰だろう、示された方を見ると二人の男性が椅子から立ち上がり文へと頭を下げた。

「柏木文さんですね?静岡県警の高田と申します」
「荒川です」
二人は警察手帳を見せながら名乗った。
「何か?」
悪いことをした覚えはないが、文は一瞬緊張した。まさか家に残してきた幸太郎に何かあったのか。

「ご旅行中に申し訳ありませんが、急いでお尋ねしたいことがあって夜分に参りました」
「なんでしょう?」
「東洋トラベルの若林光雄さんをご存知ですか?」
「はい。ちょうど今日も東京駅でお会いして一緒に伊東へ来ましたけれど、若林さんがどうかされたんですか?」

文が若林と一緒だったと答えると二人の刑事は明らかに落胆の色を見せた。

 

 

【踊り子号が着く駅で】第六章

犯行は被害者大野さやかが多目的室に入った辺り、小田原駅の位置する神奈川県から遺体が発見された静岡県内の間にあったことになる。
こだまは各駅に停車する新幹線だ。遺体発見時には、すでに犯人は途中の駅で降りていた公算が高い。

愛知県警の他、静岡県警と神奈川県警も加わる合同捜査となり、協議の結果静岡県警が捜査を主導することとなった。

実際に捜査にあたるのは、静岡県警の高田警部の率いるチームだ。
「マル被の交友関係は警視庁に当たってもらうことになるな」
大野さやかが住んでいた中野の所轄には、高田の同期でもある佐藤警部補がいる。

一時間もしないうちにその佐藤から連絡があった。被害者には交際中の男がいたという。
若林光雄、30才。東洋トラベルの社員だ。被害者が参加した美容師仲間の温泉旅行を手配、添乗したのが若林だった。

高田の要請を受けた佐藤は、東洋トラベルに若林を訪ねた。午後七時になろうという時間だったが、東洋トラベルでは若林の他、数人が残業していたようだ。

「大野さやかさん、知ってますよ。添乗したツアーで知り合って、その後も何度か食事に出かけたりしたことがあります」
「交際していた、ということですね」
「ま、旅先のアバンチュールの余韻というか。よくある大人の付き合いということなら」

結婚願望のあった被害者と、遊びの域を出ない男。二人の間にかなりの温度差があったことは想像に難くない。
「その大野さんが今日亡くなられたのですが、若林さん今日は一日どちらにおられました?」
「え!今日ですか。午前中は社におりましたが、昼からは伊東にトンボ帰りでした。来月オープンのホテル渚園に下見で」

「昼から伊東へ︎⁉︎ 新幹線ですか?」
「いや、乗り換えが面倒なので行きも帰りも特急踊り子でした。それが何か?」

 

 

【踊り子号が着く駅で】第五章

サガミヤは、旅館だった建物を買い取った企業がリゾートホテルとしてリブランドした宿だ。文は低層階だが海が見えるシングルの部屋を予約していた。

「柏木文様、一名様ご一泊でよろしいですね」
「はい」
「ようこそお越しくださいました。当館の若女将、友江でございます。退職のお祝いと伺っております」

宿の手配は後輩が買って出てくれたのだが、どうやら余計な気を回したようだ。
若女将の計らいで、文は高層階の眺めの良い部屋にアップグレードされていた。部屋も広くダブルサイズのベッドが置かれている。

「うわ、絶景!」
そう言えば、よく添乗に出ていた同僚が「部屋に入ると、まず窓からの景色を確認するお客様が多い」と話していた。
「ホントだわ」
文も真っ先に窓のカーテンを開けながら、そんなことを思い出した。

早速最上階の大浴場に向かう。他にはサウナを出たり入ったりしている女性の二人組がいるのみ。文は誰もいない露天風呂に浸かりながら相模湾を眺めた。湯船につけた手を舐めてみると塩気が感じられる。
伊東は弱アルカリ性の単純温泉も多い地だが、ここは海が近いだけにナトリウム-塩化物泉だ。しっかり身体が温まるし、肌がすべすべになる。

最上階のラウンジにはアイスクリームやドリンクのサービスが用意されていて、文は伊東の地ビールを飲んでみた。
平日だからかまだ早い時間だからか、ラウンジには文の他に年配のカップルと数人の学生らしき若者のグループがいるだけだった。

文が二杯目のグラスを傾けていた頃、こだま八二五号で亡くなっていた女性の身元が判明していた。
大野さやか、東京都内に住む三十二才の美容師だった。