きらり⭐︎旅のものがたり

旅情を誘うトラベルミステリー

【踊り子号が着く駅で】第八章

部屋に帰りテレビをつけると、夜のニュースが流れていた。途中から地元の局に切り替わる。
「今日午後、下りの新幹線こだま号で女性の変死体が発見されました。静岡県警が指揮を執り広域捜査が行われています」

文を訪ねてきた刑事たちは、文が若林は踊り子号に乗っていたと証言すると、それ以上は何も言わずに帰って行った。あれは、この事件の捜査だったのだろうか。
若林が疑われ、文のもとへアリバイの確認に来たのか。

若林は踊り子九号で文と共に伊東へやって来た。こだまの車内で殺人があったのは、その頃だったということだろう。

そう言えば人当たりの良い若林は女性客に受けが良く、過去に数回トラブルを起こしたと噂に聞いたことがあった。その被害者も若林となんらかの関係があった女性なのかもしれない。
「モテる男は辛いわね」
とにもかくにも、文の証言で若林の疑いは晴れたようだった。

すっかり酔いも醒めた文は、再び大浴場へと向かった。また露天風呂に浸かりながら、真っ暗になった海を眺める。遠くに微かな灯りが見えた。あの辺りは房総半島なのだろうか。

房総へ行くなら、菜の花の時期に行ってみたい。在職中に訪れた、千葉県の観光促進イベントで見た菜の花畑の写真を思い出す。
そう言えばあのイベントでも若林と顔を合わせた記憶がある。文はいつしか、今日踊り子で一緒になった若林の様子を思い返していた。

「踊り子で若林さんと一緒だった、ちょっと違うわね。東京駅で若林さんと会った、一緒に踊り子に乗った、が正しいかも」

若林は何号車に乗っていたのだろう。伊東へ着く前にはわざわざ文のいる五号車まで来てくれた。
「で、一緒に降りた」
一緒に乗って一緒に降りた。
だが一緒に乗っていたわけではない、とふと思い立つ。

文は学生時代からの友人に電話をかけてみることにした。

 

 

【踊り子号が着く駅で】第七章

サガミヤの食事はバイキングスタイルだ。文は六時オープンと同時にレストランへ入った。
好きなテーブルを選んでから食事やドリンクを取りに行く。夕食時もアルコールのサービスがあった。

風呂上がりにビールは飲んでいたので、文は一杯目から酎ハイを選んだ。まずはツマミになりそうなものを見繕って自分のテーブルに運ぶ。伊豆というお土地柄から海の幸、山の幸が並んでいる。

七時を回った頃、奥のライブキッチンで握られた寿司を数貫つまむと、文はもう満腹だった。デザートの種類も多かったが、文はみかんのゼリーだけで止めておくことにした。その代わりというわけではないが、最後にオレンジサワーも飲む。

ほろ酔いを醒まそうと、食後は海辺の遊歩道に出てみることにした。一旦部屋に戻り念のため上着を羽織る。外に出てみると、やはり海からの風が少し冷たかった。さざ波の音にしばし耳を傾ける。文は浜には降りず遊歩道を戻った。

「柏木様!」
ロビーに入ったところで、文はフロントの係員に呼び止められた。
「お客様です、あちらでお待ちです」
誰だろう、示された方を見ると二人の男性が椅子から立ち上がり文へと頭を下げた。

「柏木文さんですね?静岡県警の高田と申します」
「荒川です」
二人は警察手帳を見せながら名乗った。
「何か?」
悪いことをした覚えはないが、文は一瞬緊張した。まさか家に残してきた幸太郎に何かあったのか。

「ご旅行中に申し訳ありませんが、急いでお尋ねしたいことがあって夜分に参りました」
「なんでしょう?」
「東洋トラベルの若林光雄さんをご存知ですか?」
「はい。ちょうど今日も東京駅でお会いして一緒に伊東へ来ましたけれど、若林さんがどうかされたんですか?」

文が若林と一緒だったと答えると二人の刑事は明らかに落胆の色を見せた。

 

 

【踊り子号が着く駅で】第六章

犯行は被害者大野さやかが多目的室に入った辺り、小田原駅の位置する神奈川県から遺体が発見された静岡県内の間にあったことになる。
こだまは各駅に停車する新幹線だ。遺体発見時には、すでに犯人は途中の駅で降りていた公算が高い。

愛知県警の他、静岡県警と神奈川県警も加わる合同捜査となり、協議の結果静岡県警が捜査を主導することとなった。

実際に捜査にあたるのは、静岡県警の高田警部の率いるチームだ。
「マル被の交友関係は警視庁に当たってもらうことになるな」
大野さやかが住んでいた中野の所轄には、高田の同期でもある佐藤警部補がいる。

一時間もしないうちにその佐藤から連絡があった。被害者には交際中の男がいたという。
若林光雄、30才。東洋トラベルの社員だ。被害者が参加した美容師仲間の温泉旅行を手配、添乗したのが若林だった。

高田の要請を受けた佐藤は、東洋トラベルに若林を訪ねた。午後七時になろうという時間だったが、東洋トラベルでは若林の他、数人が残業していたようだ。

「大野さやかさん、知ってますよ。添乗したツアーで知り合って、その後も何度か食事に出かけたりしたことがあります」
「交際していた、ということですね」
「ま、旅先のアバンチュールの余韻というか。よくある大人の付き合いということなら」

結婚願望のあった被害者と、遊びの域を出ない男。二人の間にかなりの温度差があったことは想像に難くない。
「その大野さんが今日亡くなられたのですが、若林さん今日は一日どちらにおられました?」
「え!今日ですか。午前中は社におりましたが、昼からは伊東にトンボ帰りでした。来月オープンのホテル渚園に下見で」

「昼から伊東へ︎⁉︎ 新幹線ですか?」
「いや、乗り換えが面倒なので行きも帰りも特急踊り子でした。それが何か?」